Center for the Promotion of Global Education

グローバル教育推進センター交換留学マンスリーレポート

デュースブルグエッセン大学
2018年7月号 文学部 K.E

授業紹介

私は英語とドイツ語の語学の授業を受講した。授業内容はいたってシンプルで、指定の教材を使い、教材の問題を解いたり、担当教員が用意したプリントを解いたり、ある内容(移民問題、ポピュリズム、政治参加の意義から自分たちの出身国の誕生日の祝い方についてまで)について1時間弱ディスカッションしたりした。

言語の授業を受けるにあたり、最初にPC上でテストがなされる。その結果により、受講することが可能な授業のレベルが決まる。私の受講したクラスは両方とも初心者向けのクラスだった。そのテストは日本のテストと違い、単語の穴埋めがメインのテストで非常に戸惑った。本当はもっと上のレベルなのに、見慣れぬテストに苦戦し、下のレベルの授業を受けることになった友達もいた。授業に参加する中で、担当教員が「君たちは初心者レベルの授業を受講しているけど、みんなすでに初心者レベルを超えてるね」なんてことを言い出すこともあり、レベルはあまり関係ないのかもしれない。

私は授業が終わるまでにすでに教材の問題をすべて終わらせていたので、授業についていけないことはなかった。ただ、リスニングが一番苦手だったため、教員の指示を理解できないことがしばしばあった。その時は直接教員に尋ねたり、文法はある程度できるのでアドリブで答えを考えたりなどで補った。こういった体験から、授業に参加する上で最もリスニング力がとても重要であると確信した。

授業紹介の内容とは少々脱線することかもしれないが、日本の大学で行われる言語の授業と海外(ドイツ)で行われる言語の授業の違いは、学生のモチベーションと「何」に重きを置いているかだと私は感じた。ドイツでドイツ語を勉強している学生は、例えば、ドイツで働きたい、英語で十分コミュニケーションできるがドイツ語でもコミュニケーションできるようになりたい、という学生が多い。それぞれ目標があり、日本の学生と比べモチベーションがとても高い。またドイツでの語学の授業は「喋ったもん勝ち」な感じが私にはした。つまり、学びたい言語を使うために、たくさん発言して、たくさん自分の考えを述べて、ということだ。何も発言していない人が教員からシカトされるような状況は全くなかったが、そういう人には教員から直接当てられ発表や意見を求められていた。このような環境で言語を学んでいく中で、ドイツでの(おそらくその他の国でもそうだと思う)言語の授業で重きを置かれているのは、「話す能力」だと私は実感した。意思表明からしょうもない話までである。

一方、日本の大学では、言語が必修になっているため、受講したくない人も受講しなくてはならず、「話す能力」より「読む能力」を重視した授業内容になっている。そのようなことは皆知っている事実だが、それよりも、日本語以外の言語でコミュニケーションをとることの難しさや、その難しさから生まれる楽しさ、意思疎通できた時の喜びを言語の授業で感じることが全くできないことが私には残念で仕方ないように思えた。外国語大学や国際学部の学生は別として、それ以外の学生は日本の言語の授業で外国語になかなか魅力を感じないのは仕方ないように感じた(そもそもそのために受講しているわけではないが)。

②試験について

私が受けた試験は、決められた試験会場に決められた時間に行き受験する、という、日本と大差ないものだった。ただ、同じ言語レベルの学生が何十人も一箇所に集まり試験が行われるため、日本の大学の試験とは違い、厳格に行われているように感じた。私が受けた試験は制限時間が90分から120分、リスニング・リーディング・ライティングのテストだった。日本の大学で行われる試験のような、「いかにも先生が自分で作りました感」のないテストだった。ボールペン以外使用不可が私にとっては不便に感じた。