龍谷大学グローバル教育推進センター交換留学マンスリーレポート

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マンスリーレポート

2011年4月号 国際文化学部 D.H

レポート作成director

授業紹介

高級班A 2組にて

何とか1番上のクラスに潜り込めたのは良かったものの、それは、入念な準備と運で勝ち取ったものなので、喜びも束の間、すぐに焦りが生まれました。買った教科書は、もちろん最後の教科書です。早稲田大学からの留学生のいる2つ以上上のクラスのものなので、目を通す気も起こりませんでした。焦りに焦って1日12時間程勉強していたら、ある日、ふと教科書に目を通す気になりました。レベルは新聞くらいかな、と思って教科書を開いてみると、案外読めたりしました。難易度は瀬田学舎の図書館にも置いてある『人民日報』の3分の1位です。この教科書、この授業が、人が人に外国語を教える限界なのだと思うと、戦慄がはしりました。僕はラジオは全くと言っていい程聞き取れませんし、新聞も文字だけ目で追って内容は殆ど頭に入っていないことが多いので先は長いのです。僕が目指しているレベルはもっと上なので、やはり本当に使える中国語を身に付ける為には、人よりも多い度胸試しが必要だと思います。僕のいるクラスの半分程は本課に属していて、実際に中国人と一緒に授業を受けているので、実力も自信も僕よりずっと上です。授業のレベルがもっと上で、予習が出来ない状況だったなら、完全に置いてきぼりだったと思います。授業の科目は難易度別に分けると、閲読、口語、写作は龍谷大学の1番難しい教科書レベルで、精読は難しい言葉が頻繁に出てくるので、予習が必要だと思います。聴力は、僕はリスニングが得意ではないので、教師用の教材がないと手も足も出ません。僕は全ての授業に出ていますが、「(簡単過ぎて)授業に出る必要ないやろ?」と言って出ない人もいるので、本当に能力を身に付けたいと思うのなら、教室の外に目を向ける必要があります。しかし、教室の外との繋がりを掴むきっかけは案外教室の中で生まれることが多いです。

カルチャーショックについて。

「熱」の違い

「恐らく次に世界を支配するのは中国だろうな」、そう思うことがありました。クラスですぐに仲良くなったロシア人と本課の授業に出てみたのですが、その熱気は日本の比ではありませんでした。先生が話すのは、ほんの少し、課題の解説程度で、生徒1人1人が自分で資料を探して来て、それをクラス全員が予め読んでおき、授業で話し合い、その考えを深める、というものでした。各人が話す内容は、ほぼ聞き取れませんでしたが、他の文献や中国の歴史を引用して来たりしていて、かなり深いものになっていたと思います。一緒に来ていたロシア人は、1回で撤退して行き、僕も3回受けた所で精読のクラスがその時間に移動して来たので行けなくなりました。今は金曜日に先生の家にお邪魔したり、キリスト教徒でもないのに教会に通ったりして、中国人と触れ合う機会を作っていますが、やはり「熱」は伝染するもので、またやる気をもらいに本課の授業に出てみたいと思っています。また、図書館にも瀬田学舎の図書館ではあまり見られない光景があります。それは、日本にいた時は、レポートや試験の直前以外は1フロア貸し切りになることが多々あったのに対して、中国人民大学では、たとえ週末でも、殆どの席に人が座っている光景です。かつては、日本が世界で1番勉強しているという国際的な認識がありましたが、早稲田大学で中級班だということを考えれば、今、世界で1番力を溜めているのは中国なのだと思います。

自由テーマ

クラス分け試験にて

僕は「留学マジック」は信じていません。今はネットで世界中が繋がっているのでホームシックになることなく、僕のルームメイトや友達の何人かは毎日スカイプで家族と顔を合わせています。今の時代の留学はお手軽なもので、期間中母国語でネットサーフィンをしていれば無事に帰国することが出来ます。かつて、遣隋使や遣唐使が味わったであろう緊張感や孤独感が留学の醍醐味であると思うのに、今では「プチ留学」などというものが登場して来ました。「留学すれば外国語が話せるようになる」という留学マジックはもう既に神話でしかありません。自分で考え、自分で道を作っていくしかないのだと思います。その為、僕はクラス分け試験で高級班に行こうと思いました。それは、留学前に読んだある体験記の、「中級クラス以下は母国語が同じ者同士で固まることが多く、自分も日本人同士で固まり、あまり英語は上達しませんでした。」という言葉が頭に残っていたからです。中国人民大学のクラスは高級班A、高級班B、中級班A、中級班B…とあり、その学期のクラスの人数が多ければ、1組、2組と分けられます。半年留学していた早稲田大学や同志社の留学生がみんな中級班に固まっていたので、僕も中級班辺りだと思いました。しかし、中級班だと、日本人同士で固まり、母国語を使うことになるので、中国語の世界に入るきっかけが殆ど無くなります。毎日部屋で過ごし、せいぜい留学の成果は思い出作りが関の山です。この試験は、この半年間をどう過ごすかを決める、1番重要な、勝つべき勝負でした。試験は筆記と面接です。紙対人ではどうすることも出来なくても、人対人の面接ならまだ勝ちの目はあります。面接会場に着き、先ずは教室内で何があったか、聞き込みを始めました。数人に聞いた所、面接の最初には幾つか質問をされて、その後中国語の原稿を読まされた、というのが全て一致していました。原稿は文章がだんだん難しくなるように書かれており、面接官が止めるまで読みます。最初の質問はほぼ必ず「あなたは何年中国語を勉強しましたか」が来ます。その他の質問も「中国には慣れたか」、「何処に行ったか」など、特殊な質問は無い様でした。会場は留学生でごった返しており、僕よりもずっと中国語の上手い人も山程います。列の前後に中国語がペラペラの人がいなくて幸いでした。もし居たら、恐らく自信を無くし、面接が失敗していたかも知れません。前の列の人が残り数人になると、ドアに耳を当て、面接の会話を聞きました。全員、中国語で奮闘していた様ですが、結局最後は英語で話していました。恐らく、面接で英語が出た時点で中級班、またはそれ以下のクラス行きになると思います。自分の番が来て、教室に入りました。面接官からは、全く敵意を感じられず、温厚な雰囲気が感じられました。この交換留学の面接試験で、大半の先生から感じた「最も生徒に良いように」という空気に似ています。席に着き、最初に来た質問は、やはり中国語の勉強時間でした。それに答えると、先生はクラスの説明を始めました。聞き込みをした人は皆、これを些細なことだと思ったのか、それとも面接官が違っていたのか、僕はこの説明のタイミングを知りませんでした。面接官が十分に自分の能力を考査した後、つまり1番最後だと思っていたのです。しかし、逆にこれをチャンスだと思い、間髪を容れず「僕は高級班に行きたい」と言いました。面接官は「本当に?」と聞き返して来ました。僕は日本で知り合った、食事の時にも勉強をして、半年で日本語をある程度話せるようになった中国人民大学からの留学生の話をして、その人のようになりたい旨を伝えました。長期戦になると思いましたが、面接官の心が動いたのを感じ、「勝った!」と思いました。しかし、ここからが本当の勝負です。まだ開始1分程しか経っていないので、あと数分優等生を演じなければいけません。僕はリスニングが得意ではないので、面接官を必要以上に喋らせてしまうと、自分の能力の低さを悟らせてしまう恐れがあります。1つの質問に2つ以上の暗記して来た話題を使い時間を稼ぎます。2つの質問で3分程時間を稼いだ後、再びクラス分けの話が来ました。高級班のAかB、どちらにするか、というものでした。僕は高級班Aのレベルをかなり高く見積もっていたので「Bに知り合いがいる」という理由でBに行こうとしました。その知り合いというのは過去に中国で勤めていたというおじいさんです。しかし、その面接官は「私は高級班Aの先生です。AかB、どちらに行きますか?」と再び聞いて来ました。どうやら気に入られた様です。断る理由もないので、僕はAに行くことにしました。話題が尽きかけていたので、面接を「もう終わりですか?」と無理矢理終わらせ、勝ち逃げに成功しました。今思うと、原稿読みは無かったです。その後、知り合ったおじいさんがどのクラスに決まりそうか尋ねて来ました。「あなたと同じクラスになるかも知れません。僕は高級班Aです。」と言うと、ポカンとした様子で、かなり驚いた様でした。結果、僕はあの面接官の先生が担任である、高級班Aの2組に決まりました。

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